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イシュルのなかで、これまで、この世でいちばん美しい人は迷うことなく、イシュルの母様だったけれど、…その母様の玉座を脅かさんばかりの、見たこともないような、綺麗な男の子だ…。
「…ここの者はやたらそう呼ぶなあ。…オレは王子じゃないし、うちの親父も王じゃないんだけどな」
「…ちがう…の? どうして? 海賊の国から来た海賊の王子様じゃないの…?」
「レンティアには、王はいない。うちの父親はレンティアの総領だが、うちの総領は世襲制じゃないから、オレは王子じゃなくて、ただの海賊だよ」
「……? 王のいない国…? それって…困らない…?」
海賊の国は、やはり、イシュルの暮らす国とは何もかも違うのだろうか、とイシュルは珍しがる。
「王なんてうっとおしいもの、いないほうがいいに決まって…、ああ、ごめん、ここにいるんだから、おちびちゃんは、もしかしてルティシア王族か?」
「あ…、」
あ、と口に手をあてて、イシュルは、ゆっくり足をひき、教えられた正式な礼をした。
「…遠いところから、ようこそルティシアへ。ルティシア第十七皇子、イシュルです」
「…レンティアのカイだよ。…おちびちゃん、皇子なら、なんで昨夜の祝宴でてなかったんだ? いなかったよな?」
「…おちびちゃんじゃない…、…皇子、たくさんいるから…、イシュルはあまり呼ばれないの…」
少し恥ずかしい気持ちでそう言ったけど、偶然にも、この庭園で、逢ってみたかった海賊王子に逢えて、イシュルはとても嬉しかった。
「…変なの。あんなに馬鹿みたいに広いパーティホールなんだから、何人皇子がいようと、みんな呼べばいいのにな。…そうしたら、イシュルとも昨日逢えたのにな」
でも、昨日、宴で逢えても、こんなふうに、カイと話す機会はなかったと想う。
遠来のお客様に挨拶をするのは、上の皇子達の役目で、十七番目のイシュルにまで順番はまわってこないから。
「カイ…王子は、どうしてここに?」
「だから、王子じゃなくて、ただのカイだよ。呼んでごらん。イシュルよりちいさい子でも、レンティアじゃ、みーんなオレをカイて呼ぶよ?」
「…カイ…?」
「そうだよ。いい子だ」
「………」
後宮には女官しかいない。
兄弟達とも接する機会は少なく、父王と最後に言葉を交わしたのがいつだったかすら思い出せない。
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