第1章 砂漠の国

7/225
前へ
/225ページ
次へ
 イシュルのなかで、これまで、この世でいちばん美しい人は迷うことなく、イシュルの母様だったけれど、…その母様の玉座を脅かさんばかりの、見たこともないような、綺麗な男の子だ…。 「…ここの者はやたらそう呼ぶなあ。…オレは王子じゃないし、うちの親父も王じゃないんだけどな」 「…ちがう…の? どうして? 海賊の国から来た海賊の王子様じゃないの…?」 「レンティアには、王はいない。うちの父親はレンティアの総領だが、うちの総領は世襲制じゃないから、オレは王子じゃなくて、ただの海賊だよ」 「……? 王のいない国…? それって…困らない…?」  海賊の国は、やはり、イシュルの暮らす国とは何もかも違うのだろうか、とイシュルは珍しがる。 「王なんてうっとおしいもの、いないほうがいいに決まって…、ああ、ごめん、ここにいるんだから、おちびちゃんは、もしかしてルティシア王族か?」 「あ…、」  あ、と口に手をあてて、イシュルは、ゆっくり足をひき、教えられた正式な礼をした。 「…遠いところから、ようこそルティシアへ。ルティシア第十七皇子、イシュルです」 「…レンティアのカイだよ。…おちびちゃん、皇子なら、なんで昨夜の祝宴でてなかったんだ? いなかったよな?」 「…おちびちゃんじゃない…、…皇子、たくさんいるから…、イシュルはあまり呼ばれないの…」  少し恥ずかしい気持ちでそう言ったけど、偶然にも、この庭園で、逢ってみたかった海賊王子に逢えて、イシュルはとても嬉しかった。 「…変なの。あんなに馬鹿みたいに広いパーティホールなんだから、何人皇子がいようと、みんな呼べばいいのにな。…そうしたら、イシュルとも昨日逢えたのにな」  でも、昨日、宴で逢えても、こんなふうに、カイと話す機会はなかったと想う。 遠来のお客様に挨拶をするのは、上の皇子達の役目で、十七番目のイシュルにまで順番はまわってこないから。 「カイ…王子は、どうしてここに?」 「だから、王子じゃなくて、ただのカイだよ。呼んでごらん。イシュルよりちいさい子でも、レンティアじゃ、みーんなオレをカイて呼ぶよ?」 「…カイ…?」 「そうだよ。いい子だ」 「………」  後宮には女官しかいない。  兄弟達とも接する機会は少なく、父王と最後に言葉を交わしたのがいつだったかすら思い出せない。
/225ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2408人が本棚に入れています
本棚に追加