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そんな環境で育っているイシュルは、生まれてからこの瞬間まで、こんなに歳の近い少年から、こんなふうに話しかけられたことがなく、とてもとても戸惑った。
「おちびちゃん、さっき海の恋歌を歌ってたな」
「…恋歌?」
「…知らないで歌ってたのか?」
「よく、知らないの…。母さまの好きな歌だから…」
繰り返し母親が歌うから、イシュルも覚えて歌ってはいたけれど、知らない国の言葉なので、どういう意味の歌なのかは少しもわかっていなかった。
「ふーん。わかんないで歌ってたのか…。そうだよな、こっちの言葉じゃないもんな…。じゃあ、綺麗に発音できてたのは、耳がいいんだな。…広間で、音のはずれた琴聞いてるより、ずっといいな。…もう一度、歌ってみて?」
「え…むり…。…ひとりじゃ無理…」
ふるふる、イシュルは金髪の頭を振った。
「なんで? 上手だったよ、さっき」
「…ダメ…。母さまがいないと…、一人で…歌ったことないから…」
遠くから来た客人の望みは叶えてあげたいけれど、本当に一人では歌える自信がなかったのだ。
「…んー? じゃ、オレと一緒に歌おうか? オレも歌えるよ、あの歌」
「…ホントに? カイも知ってるの…?」
宮殿で奏でられる歌ではなかったので、母親と二人の秘密の子守歌のように思っていたその歌を、カイも歌えると聞いて、イシュルは琥珀の瞳を見開いた。
「海辺の者なら、大概知ってるけどな…、ほら、一緒に歌ってみよ?」
カイがメロディを歌いだして、それは本当に、さっき母と二人で歌っていた歌だったので、イシュルはどきどきしながら、カイの歌に声を重ねてみた。
とてもきれいな声だけれど、ときどき、音も約束もイシュルのことも忘れて遠くにいってしまう母の歌と違って、カイはイシュルの幼い歌声を気遣ってくれて、まるで包み込むように、一緒に歌ってくれた。
「カイ様? カイ様? カイ様は、こちらにいらっしゃいまんか?」
「…ちぇっ。追っ手が…。せっかく、ちびちゃんと楽しく遊んでるのにー。…あれ、ちびちゃん? なんか顔赤いけど、大丈夫か?」
「だいじょうぶ…」
カイと一緒に歌うと、あんまりぴったり歌声が重なるので、イシュルはびっくりした。
音楽の教師と簡単なレッスンで声をあわせるときとはまるで違う。
母親と歌うときとも、また違う。
「暫く、ここにいるから、また遊びに来るよ」
「…ほんと、に?」
「うん。約束」
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