第1章 砂漠の国

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(だって、海賊王子の恋の噂のお相手は、すぐに変わってしまいますけれど、イシュル様のもとにはずっと変わらず彼の君からの手紙や贈り物が届きますもの。私共までお心にかけて下さって)  おまけで賄賂贈っといた、とカイからの冗談めかした走り書きとともに、イシュルへの贈り物とともに、イシュルに仕える女官達へも異国の珍しい絹などが届けられることがあった。それはいつも退屈な女官達をとても喜ばせた。  カイ自身は宮廷にいるより海にいるほうが長い生活だったが、宮廷で暮らすということがどういうことか、諸国の宮殿を訪れる海賊王子殿はよく知っていた。  生活の全てが世話する者達によってなりたっているので、お気に入りの女官さえ落とせば、難航不落の姫君のもとへも、武勲にたけた勇者の寝所へも侵入は可能。 逆を言うと、側仕えの女官に嫌われれば、大切な手紙も他愛ない贈り物も、本人の手許まで届くかどうか、大変怪しいものだ。  イシュルの女官達にまでカイからの贈り物が届けられたのは、何も夜中にカイがイシュルの寝所に忍び入ろうと想っていたわけではなくて、子供の頃、あまり過ごしやすそうには見えなかったイシュルの身辺をカイが少し気にしていたからだが。 (きっと、カイ様は、とてもイシュル様を大事に想っていらっしゃるのですわ) (遠く離れて暮らしているのに、ずっとイシュル様をお心にかけていらっしゃるなんて…、まるで物語のような恋…あ、いえ、物語のような友情ですわ)  イシュルに仕える女官達も、二十歳にもならぬ若い娘が多かったので、異国の海賊王子の噂話に胸をときめかした。 (うん。カイは自慢の、大切な友達だよ)  幼いイシュルも、ときどき何か話がずれてるような気もしつつ、カイの噂話などを女官達がしてくれるのが嬉しかったので、素直にそう言っていた。  レンティアは傭兵稼業を生業としているから、請け負えば何処の国相手でも海戦の役を担うが、幸いにも、ルティシアと敵対するようなこともなかったので、イシュルがカイの話をしてはいけないような状況にはならなかった。 「ん…、あつ、い…」  熱くて、イシュルはベッドのなかで身じろぐ。身動きしてふと違和感に気付く。いつも広すぎるほどに広いベッドを妙に狭く感じる。冷たいシーツの感触がなくて、何か熱いもの身体に触れている。熱いもの? 「な…に?」 「起きたのか?」
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