プロローグ 嵐の到来

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誰にでも苦手な人、嫌いな人なんているものである。 例えばそれが卒業したらほとんど会わなくなる同級生や、引っ越したら関係のなくなる隣人などならばどれほどよかっただろうか。 そんな自分の天敵とも呼べる人物が自分よりも年下にもかかわらず、自分の同僚として隣で仕事をする羽目になるなんて、悪夢以外の何ものでもないと思いたい…。 「藤堂室長!」 「あ、中島さん。どうかした?」 「えっと…これ、この前仰っていた資料なんですけど、チェックをお願いしたいなぁ…って…」 媚びるように間延びした語尾で女子社員はわざとらしい上目遣いを目の前の男に向ける。中に着ているYシャツのボタンが自分の胸を強調するように上から3つ目まで開けられていた。 しかしそんな色仕掛けには目もくれず、男は資料をパラパラとめくり終わると笑顔で女子社員に手渡した。 「大体合ってはいるけれど、3ページ目と12ページ目が分かりづらいかな。やり直せる?」 「はい!もちろんです!」 「そっか。じゃあ頑張ってね」 わざわざ作った資料をやり直すという面倒な作業を命じられたにもかかわらず、女子社員は満面の笑みで自分のデスクへと戻っていった。 その後も男のデスクにはひっきりなしに女子社員が現れては去っていく。中にはプレゼントらしき箱を渡していく猛者までいる始末。 しかしそんな女子社員の露骨な好意のアピールもこの男の容姿を見てしまえば誰だってうなずくであろう。 180㎝を超える長身でどんなスーツを着てもまるでモデルの様に着こなし、芸能人顔負けの華やかな笑顔は誰にでも惜しみなく振りまかれる。タイピンやカフスなど本来は必要性のあまりないものにまで気を遣うその姿は、女子社員から尊敬のまなざしで見られることも少なくない。 そんな恵まれた容姿に、気さくな態度、さらには入社三年目で室長への大出世を遂げる程の有能ぶりを持ち合わせた男を誰が放っておくというのだ。 自分が女だったらもしかするとここにいる女子社員の様になっていたかもしれない。 しかし現実はそうはいかないものだ。 この男、藤堂隼人(とうどう はやと)は俺の天敵なのだから。
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