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「どうしたんですか?ため息なんかついて。眉間にシワが寄っていますよ、桜木さん」
お前のせいだ!と言ってやりたいのが本心だが、そんなことをすれば女子社員からの扱いが氷よりも冷たくなり、ここの環境がより悪くなるのは明白なので精一杯の作り笑顔を向ける。
昨年の新入社員のように、藤堂に下手なことを言って女子社員の怒りを買い、精神的に追い詰められた挙句、ついには退職にまで追い込まれるなんてもってのほかだ。いくら何でも命はまだ惜しい。
「少し疲れているだけだ。気にするな」
「そうですか?無理して倒れないように気を付けて下さいね」
(俺の体調を心配するなら一日でもお前に多く休んでもらえると嬉しいんだけどな!)
愛想笑いと空虚な返事で何とか乗り切り、自分のパソコンに向かった途端、表情筋を緩める。部長や社長の前で愛想笑いをするよりも疲れる気がする。
しかし今から疲れを感じていてはいけない。なぜなら桜木には今日も片付けなければいけない仕事が大量にあるからだ。隣の藤堂の存在も仕事に没頭している時は考えずに済む。声が耳に入れば嫌でも認識してしまうのだけれど、少なくともそれまでの精神衛生の安定は保障される。
ふぅ…と息を吐くと目の前のパソコンの画面以外を視界から排除する。集中してしまえばあとは容易い。
社畜、堅物、仕事一辺倒と言われようとも桜木にとって仕事を完璧にこなすということは藤堂の登場で揺らいだ自分の努力への誇りを保ち続けるために必要なことだった。
毎日残業をしてまでも仕事を終わらせる。入社した当時から少しずつ続けられたそれは自分の健康よりも優先されるものとして、知らず知らずのうちに習慣になっていた。
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