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やがていつまでも何も言わない桜木に焦れたのか、呆れたのか、藤堂は桜木から視線を外した。
「言わないんだったらもういいです。別に無理に聞き出そうなんて思ってないんで」
本来なら素直に解放されたと喜ぶところだろうが、この男は違った。
(聞き出そうなんて思ってないだと…?どの口が言う…!)
「待て、藤堂」
「なんでしょう?俺も暇じゃないんですけど」
「それは俺だって同じだ。お前…本当に知りたいか?俺の思っていること」
「ええ。でも話してくれないのなら…」
「それなら一つ賭けをしないか?」
「賭け?」
「来週のプレゼン、お前の案が採用されればお前の勝ち。お前の言うことを何でも一つ聞いてやるよ、秘密の暴露でも雑用でもなんでもな。その代わり俺の案が採用されれば俺の勝ち。逆にお前には俺の言うことを一つ聞いてもらう。それでどうだ?」
桜木も本来なら自分に勝ち目などほとんどないことは分かっているので、こんな賭けなど持ち出すなんて不毛な真似をしないのだが、来週のプレゼンに限って言えば勝機があった。
なぜなら来週のプレゼンの結果を判定する役員は、揃って藤堂のことをあまりよく思わない人ばかりだったからだ。
逆に言えば藤堂がそのことを理解していればわざわざ乗ってこない可能性もある。しかし藤堂の教育係だった桜木は藤堂という男がいかに内面に外面とは真逆のものを持っているかを大体わかっていた。
「何でも…ですか。わかりました、その賭け乗ります。」
「そうか。手加減などしてやらんからな、覚悟しておけ。」
「桜木さんこそ、足元掬われないようにしてくださいね。それに『何でも』って言ったのはあなたですから。覚えておいてください。」
藤堂がやたらと『何でも』というフレーズに固執していることが気にかかったが、今はまだそれが意味することに桜木は全く気付いていなかった。
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