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椿
大寒の朝に、庭の椿が咲いた。蜜郎はそれを十ほど落とすと絹糸で器用に繋げ、椿の襟巻をこさえてくれた。毛皮でも巻いているかのようにぬくい。濃紺の道行きを羽織り首元を紅く彩ると、雪道となったつづら折れを三十分かけて下る。吐息のせいで、眼鏡が白く曇った。
麓にある宿屋「天狗屋」を訪ねると、女主人は上がり框で口をきくのも大儀そうに煙草を吹かしている。来訪者に気だるげな視線が寄越された。
「鉄心かい。三日も頼りがねぇから、おっちんだかと思ったよ」
この女主人、五代前がはじめた素泊まり宿を女一人で切り盛りし、代々の主人たちと同じように、自らも「天狗屋」を名乗っている。あだ名が型にはまりすぎて、本名はとうの昔に逃げ出した。三十はとっくに越しているだろうが、僕が幼い頃より容姿に変わりはなく、気の強そうな狐目と凛とした佇まいに惚れる男は尽きぬという。自らの容姿を大盤振る舞いしては、横柄な態度で常時すぱすぱと煙管を吹かしている様は、女天狗の名にふさわしい。ちなみに、僕はこの女天狗が苦手だ。
「勝手に殺さないで頂きたい」
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