椿

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「まぁ、そう簡単に死なねぇか。死にぞこないの鉄心だもんな」 「そろそろ、僕だって怒りますよ」 「あんたみたいなひょろっこ、小指で返り討ちにしてやらぁ。それより、今日はなんだい?」 「原稿を預けにきました」  原稿用紙五十枚が収まった茶封筒を天狗屋に差し出す。この村に郵便局はない。月曜日と木曜日、近くの街から郵便局員が配送と回収を兼ねて訪れる。今日が水曜日ということで病み上がりの体を押してきた。締め切りは四日後。今度こそもう間に合わないと高をくくっていたが、「粉骨砕身」「一意専心」と念仏のように唱えて、どうにか間に合わせることができた。  苦心の末に生み出された我が子に向かい、天狗屋が口中で転がしていた紫の煙を吹きかけてくる。 「帝都から編集が来るのを、待てばいいじゃないか」 「編集と逢うのが嫌なんです」 「人間嫌いだねぇ、あんたも」 「僕は他人というものが大っ嫌いなんです」 「あんたそれで、よくあの餓鬼を引き取ったね」 「そ、それは……」 「あんたの風邪が心配だったんだろうね。どうにかできないかって泣きついてきたよ。玉子酒の作り方を教えてやったのはあたしだからな。感謝しろよ」 「……その点に関しては、感謝します」     
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