椿

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 蜜郎が傘下に入るのをしばらく待ってみるが、相手は警戒している猫のように、こちらをじぃっと見据えるだけで、杉の裏から出てこない。声を掛けようにも、ためらわれる。吹きすさぶ風には頬を一閃され、外に五分もいれば先端から寒さにやられる。意地の張り合いをしていては凍死する。つづら折れとなった坂道を上って行くと、しばらくして背後から雪を踏む音がする。相手が追いつくのを待ってやると、右隣に薄白い影が並んだ。  蜜郎がくしゃみをしたので、椿の襟巻を巻いてやる。俯いてばかりの少年が驚いたようにこちらを見上げた。蜜郎は縦に長いばかりの僕の、肩ほどの身長がある。とうに十六は越えている。年に見合わぬほど細く、一見すると女のようでもあるが、たしかに男の骨格を成している。雪を背景に立てば紛れるほどの白い肌。髪もまた同様に透けて、ほのかに淡い光を放つ月白である。背筋が凍るほどの白で、艶やかに見開かれた紅玉の瞳だけが色として映える。彼の名を蜜郎と書く。一カ月前からの、我が家の居候である。 「蜜郎、付いてくるなら云いなさい。せっかく僕の風邪が治ったのに、今度は君が具合を悪くしてしまうじゃないか」  人と接しなれていない僕なりに、親切をきかせたつもりであったが、蜜郎は絶望に苛まれでもしたかのように、長いまつ毛を伏せ、消え入りそうな声で「すみません」と謝罪した。     
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