椿

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 僕は他人が苦手である。二十三という年ながら、愛情の与え方も受け方も不器用で、人里離れた山間の村の、さらに奥地に引きこもっているのもそのためだ。つづら折れの山頂にある我が家は、亡くなった祖父が暮していたもので、僕も十七までをその家で過ごしていた。あぁ、どうしてこんなことになってしまったのか。一人でひっそりと生き、一人でひっそりと死ぬために、あの家に帰ってきたのだが、僕はどうして少年に対して何かしらの言葉を掛けてやらねばと思案するはめになっているか。慰めの言葉は泡沫のようにうかんでは消える。相手を傷つけはしまいかと、記憶の引き出しを片っ端から開け放っては、最上の慰めを構築していく。  ふと、足ともに何かが落ちた。それは椿だ。蜜郎の首に巻かれた椿がほどけたわけではない。彼の白い頭で咲いている、数輪の椿の一つが、音もなく落ちたのだ。つづら折れを振り返ると、落とし物かのように、紅い花の点々が続いている。 「蜜郎」  俯きながら先を行く少年を呼び止めると、艶やかな顔がこちらを振り向いた。彼の右目に、椿が咲いている。瑞々しく、女の唇で花開く紅のような光沢がある。紅椿は格子から手招きをする遊女のような嫣然さを誇り、つい手折ろうと右手を伸ばしかけ、寸でのところでやめた。花に惹かれていたことを悟られぬように、少年を追い越して歩く。 早足で隣に並んだ蜜郎の頭からは、はたりはたりと、椿が落ち続ける。 「悪かった。さっきのは云い過ぎた……」  脳内でこねくり回していた最上の慰めは、生来の気難しい性格に邪魔されて、つっけどんで簡素なものとなってしまった。さらに相手の機嫌を悪くするかもしれない。純粋な彼の心を傷つけて泣かせてしまうかもしれない。首裏の寒さに震え、背筋に嫌な汗をかく。蜜郎の様子を窺えば、しかし少年は沈黙のなかで微笑んでいた。それは花が咲くような、愛くるしい笑みであった。     
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