1/39
前へ
/210ページ
次へ

 どこを歩こうにも、枯れ葉に足音を刻まれる。紅葉の季節は終わりを告げ、朝焼けの時刻に目を覚ますと、布団からはみ出た足先が凍り付き、吐く息が白くなる様を拝めるようになった。静寂を愛する者が、もっとも恋い焦がれる冬の到来である。  花宮(はなみや)家の者たちは主人から使用人たちまでこぞって、年末年始の祝い花の準備に忙しなく、本家からは朝から晩まで人の行きかう音が途絶えない。「猫の手も借りたい」という番頭の悲鳴が、土蔵の窓から舞い込んできた。猫の手も借りたいくせに、本家跡継ぎにお声が掛からないのだからおかしな話だ。外界の雑音を遮断するため、開け放していた窓を閉め、使い古され傾いている紫壇の机に向かい直す。机上には書きかけの原稿と、背後には丸められた無数の紙屑の山。日がな一日、土蔵で机に向かい、愚にもつかない三文小説を書いている。     
/210ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加