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 一年前に亡くなった祖父の遺品である万年筆で一行書いては破り捨て、二行書いては丸め捨てる。三年前の春に、一冊だけ本を出した。『花狂い』という、花と人の交わらざる恋物語である。酒に溺れ世を憂いながら、おふざけ半分に綴っていたものだが、意外と好評となってしまう。出版元は、亡き祖父の友人が編集長をしている小さな会社だ。祖父である花宮静ノ介が亡くなってすぐ、編集長が土蔵にいる僕をわざわざ見舞った際、部屋に積んであった原稿を発見されてしまったのが運の尽きとなった。 「先生のおかげで傾きかけていた我が社も、寸前で倒れずにおります」、云々。 「先々代からのお付き合いと思って、どうか続編を書いてくださいな」、云々。  そんなわけで、僕は机にかじりついては、日夜頭をこねくりまわしている。しかし、書こうという意気込みだけで小説が書けるなら、路傍の花すらちょちょいと文字の葬列を組めるだろう。あれから三年という歳月が経っても、続編の「ぞ」のあたりすら彼方に霞んでいる。あまりにも書けないものだから、何でもいいからという催促をされ、幻想なんだか現代なんだか知れない短編を書いては、小説家の末端にみっともなく席をおいているという有様である。 「今日も無理だ……そもそも、最初から全部無理なんだ……」     
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