アネモネ

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 シャワーだけ浴びて、寝間着代わりにしている高校のジャージに着替える。誰が見ているわけでもないのだから、これでいい。あたしは毎日、寝間着に着替えるときには、誰にともなくこんな言い訳を呟く。テレビなんてしばらくつけてないけど、これもうメルカリとかで売った方がいいのかもしれない。今日も損したし。  ソファ代わりのベッドに、ごろりと寝転がる。枕から、シャンプーのような、香水のような、よくわかんないにおいがした。あたしは女だから、あまり意識したことはないけれど、男の人って、こういうにおいが好きなんでしょ? ほんとかよ。  あーあ、なんてモノローグを口から垂れ流しながら、あたしはスマートフォンに指を滑らせた。いつも通りに、動画が格納されているフォルダを、すいすいと開く。くだらない動画の山の中に、あたしが求めてやまないそのファイルはある。いつものことだが、スマートフォンの上に指を何度も上下させているその時は、タタリ神に取り込まれそうなサンを引っ張り出すアシタカみたいな気分になる。だめなの。あの動画はこんな風に「歌ってみた」「作ってみた」みたいな、公開自慰行為の塊みたいな動画の中に埋もれてちゃいけないの。ならフォルダ分けしろって言われても、やり方がわからないもの、仕方ないじゃないか。  やっと、それを見つけることができたあたしは、ふう、と悩ましげな溜息をつくと、動画のファイル名をタップした。
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