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二人の部屋は相変わらず小ざっぱりとしていた。
黒のソファ、ガラスのテーブル。リビングボードの上の大きなテレビ。
それ以外に大きな家具はない。
「さっ、めしあがれ」
ケティは俺の前にティーカップを置くと、そのまま隣に座った。
わずかに触れ合ったその肩は俺よりもたくましく、広い。
その姿からは女性にしか見えないが、ケティは男なのだ。
歓楽街で働いている。“ケティ”というのもそこでの源氏名。本当の名は聞いたことがない。
年は俺より三、四才上だったはずだが、その艶やかさのせいでもっと年上のように感じる。
「……いただきます」
頭を下げると同時に腰を浮かせ、ほんの少し距離を取った。
手にとったカップの中では黄金色の液体が揺れている。寒くもないのに指先が震えてしょうがなかった。
「大丈夫よ。毒なんて入れてないから」
見透かしたようなことを言い、ケティは自分のカップに口をつけた。
おそるおそる飲んでみる。口の中に広がった風味に、思わず眉間にシワが寄る。
お世辞にも美味しいとは言えない。子どものときに飲まされたオレンジ味の風邪シロップを思い出す。
「マリーゴールドのお茶なの。美肌に効果があるんですって」
彼はそんなことを言いながら、三つ編みをほどいた。
ゆるいウェーブのかかった髪がふわりと舞う。
俺はその揺らめきから逃れるように、顔を伏せた。するとカップから立ちのぼるマリーゴールドの華やかすぎる香りが鼻につく。
喉の奥が、グッ、と鳴った。
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