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声なきアラートを鳴らすカードをさげた、遊歩道の手すり紐を跨いで、私はかつて父母を捨てた地点を目指した。もう何十年も前のことであるから、森の様相は大きく変わっていた。けれど迷わなかった。まるで呼ばれているかのようだった。
柔らかな土を掘り返し、そこにあるはずの痩せた骨を探したがついぞ見つかることはなかった。この森に大型動物は生息していなかったはずだ。足腰の立たない父母が運ばれでもしない限り、遠くまで移動したとは思えない。
カケラも残さず還ってしまったのだろうか。せめて同じ場所で眠り、非情を詫びたかったのだが。手指の厚い爪の間に、息吹き込み土を払う私の元に、艶めかしい赤い花弁が届いたのは日の入り前だった。
そのアジサイの森は、私が居た地点から少し降ったところから続いていた。その根元にはいくつもの白骨死体が埋まっていて、口減らしのために捨てられた人々のものであることが容易に想像できた。恐らくは、私の父母もここに眠っているのだろう。
道具なしに土を掘り返したせいか、体力の大部分を消耗してしまった。もはやどれが誰の骨か判別できないが、何のゆかりのない土地で、清々すると笑われながら逝くよりはマシだ。
アジサイの森の半ばで仰向けになり多量の睡眠薬を含んだ私は、どこか間の抜けたことを考えていた。
『この森はどこまで続いているのだろう』
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