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ある蕎麦屋で
田舎。嘲りとも羨望ともとれる評価が適当な、某県の蕎麦屋での出来事である。
筆者は注文した品が届くまで、天井から下げられたブラウン管テレビを観ていることにした。店主の趣味であろうか、画面には睨み合う二人の男の姿があった。
男二人は腰布以外身につけておらず、山の如き肢体を惜しげもなく晒していた。しかれどもその顔に恥じらいは見えず、むしろ、見せつけるかのようであった。
私はふと、天敵に出くわしたネコを連想した。かれらは天敵を前にするに尾を立て、毛を立て、なんとか体を大きく見せようとする。強さの判断基準の一つに、体の大きさがあるためだろう。
フットサルなど、メジャーなスポーツに比べると競技場の狭い相撲では短期決戦が常。行司の掛け声が先か、踏み込みが先か。丸みを帯びた風体からは想像もつかない瞬発力で両雄はぶつかり合う。
その勢いはまるで射出された弾丸のようで、なるほど、体が大きく、ウェイトの重い方が強力だろう。ともすれば、勝負は始めから決まっているようなもの。注文の品も届いたことだし、とテレビから目を離すやいなや、スピーカーからワッと声が聞こえた。
何事かと見やれば明らかに小さく、痩身の力士が土俵に残っていた。文字通りの大物食いである。いやはや、何が起きるかわからぬものと、胸を躍らせたのは筆者や店主のみではないはずだ。ところがその感動を分かち合えない者が、あろうことか店内に居た。
彼らは狼のような男どころかテレビも観ずに、談笑に耽っているようであった。聞き耳を立ててみると、その男三人は同郷の友人で、久しく会えてなかったらしい。どおりで会話が弾むはずである。気を取り直し、すっかり伸びてしまった蕎麦をすすっていると、彼らは興味深い話をし始めた。
以下の文章は、それらを参考に書き上げた小話三部作である。
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