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この後どうするぅ?
額の広い男が、人の良さそうな笑みを向けながら二人に問うた。この後どうする、とは漠然とした問いかけであるが、湯桶を持ち、傾ける所作から見当はつく。「飲み」の誘いだ。それに対する二人の反応にはばらつきがあり、鷲鼻の男は迷うそぶりすら見せなかったが、耳の丸い男は散々悩んだ末、誘いを受けた。その様子を見た鷲鼻の男が気の毒そうにいう。
お前のところのかかあは怖いものな。
どうやら耳の丸い男は恐妻家らしい。
何かとつけて電話をかけてきて、がなるものだから、遂にはケータイを持ち歩かなくなったのだと、店内備え付けの公衆電話の前で、耳の丸い男が取り出したのは十円硬貨。そのくすんだ銅色と夫婦を繋ぎとめられる時間は、ふたりの仲の表れのようであった。
ーーそういえば。受話器を置いた耳の丸い男が呟く。他の二人が続きを促すと、耳の丸い男は、最近、公衆電話を見かけることがめっきり減ったね、と続けた。それもそのはず、公衆電話そのものが減っているのだ。携帯電話の普及によって利用者が減り、維持費等の費用削減のため、公衆電話の数は減少傾向にある。災害時など、非常事態が発生した場合には、無償かつ安定した回線で通話が可能であるため、なくなることはないだろうが、やはり少ない。耳の丸い男は、それ以外の、公衆電話の数が減る要因に心当たりがあるようであった。
ーー呼ばれるからさ。
【公衆電話】
おれがかかあと出会って間もない頃の話だ。歳でいうと18にさしかかる前。おれは、兄キが新車を買うからと、譲りうけた大型バイクにお熱だった。
始めは、大型を自在に操るおれの姿をかかあに見せつけて、心から何から奪う算段だったんだが、いつしか手段が目的となっていた。
フルフェイスを被り、狭まった視界に映るものすべて、面としてではなく線としてでしか捉えられぬ速度を出すと、それはもう、痛快だった。
ーー次の瞬間には火花が散るほどの激痛を感じていたんだが。いや、あれだけのスピードを出して横転したんだ。実際に火花が散っていたんだろう。運良く背の低い木の群れに突っ込んでいなければ、バイクの部品同様、十数メートルに渡って散らばることになっていた。冬山の風に、細やかな部品が一頻り転がされると、後にはおれの心臓の音しか残らない。うるさいったらないぜ、と悪態をついて、ようやく身を起こせたのは日が暮れてからだった。
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