芳乃 加寿美

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 奥さんを裏切っているのは彼だ。思いやらなければならない義務があるのも。わたしは会ったことのない他人のことを思って自分の寂しさを我慢できるような、優しい人間じゃない。  当たり障りのない壁紙に浮かび上がるデジタル時計は、3:12を示している。  大安の土曜日を週末に控え、今日は昼食を食べる間もなかった。ゾロ目の覚えやすさもあってか、四月四日挙式は大人気で、宴会場は一年前から予約が殺到してぎちぎちに埋まっている。  ……だから無理に挙げてもらわなくたって、早めにキャンセルさえしてくれたら、次の予約が入ったのに。  そう、ぼやいてしまうのは、その日挙式の担当客の中に、年に一組か二組現れるかどうかの《少々アレなお客様》がある所為だ。今日忙しかったのも、大半は彼らの対応のためだった。  とにかく難癖をつける。一度決めたことを、あとで悩み始める。この日までに決めて欲しい、とお願いしたことでも、平気で無視する。そのくせ、後日「なんとかしてくれ」とゴネる。     
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