芳乃 加寿美

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 わたしも大概ベテランだから、そういう客をうまく操縦してこそ、というところはある。最終的に金を落としさえしてくれれば、お客様だ。しかし彼らは挙式一週間前入金の契約を反故にし、三日前の今日まで、「四月四日の《四》は《死》と同じ発音だ。縁起が悪いんじゃないか、やっぱりやめたい」「騙された、金返せ」「せめて安くしろ。サービスしろ。花屋で買う花はこんな何十万もしない、ボッタクリだ」と粘り続けた。最終的には持って来た現金を出したが、当日少しでも不手際があれば、これ幸いと値下げを要求してくるだろう。  正直、疲れた。  それの新郎側が《早鞍(さくら)》家だ。死と同じ発音の四月四日に、お名前と同じ発音の桜の装花やペーパーアイテムが満載の会場で、お幸せになるのだ。これから、大好きな桜を見るたびに、わたしは彼らの顔と言葉を思い出すだろう。ボッタクリホテル。サギプランナー。一日で数百万の貯金が溶けるのだ、センシティブなお気持ちになるのは理解できる。マリッジブルーだってあるだろう。……でも、わたしだって、休日出勤の上、昼食も食べられてないのに。な。  わたしの目はLINEの画面上をぼんやりと泳いでいる。既読のまま放置されている、三日前のメッセージ。仕方ない。繁忙期、忙しいのはあのひとも同じだ。画面の向こう側の君は、奥さんと同じ寝室で休んでいるのかしら。それは、ええ、正しいことね。  そしてわたしにメッセージを送る行動は過ちであり、罪なのだ。         ◇  ここらで一番有名な花見処と言えばK公園だ。むかしの城跡だという。大きな池に橋がかかり、夏場はキャンプ場としても使われるらしくて炊事場なんかも敷設している。  わたしはすっからかんの駐車場に車を入れて、徒歩で一番大きな広場に向かった。     
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