芳乃 加寿美

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広大な公園のそこここで、ソメイヨシノや山桜が咲き誇っている。  ぼわり、と、闇にパステルでぼかしを入れたような花群の、息苦しいほどあまい息吹。  白い春。  静謐さと、幻想的な景色とが、現実感を奪う。帰る家のない不審者に、襲われたりしないか、だとか、そんなことを恐れる余地もなく、ぼんやりと頭上を見上げ、わたしは歩いた。  誰もいない広場の芝生に、じかに座る。  きれい、だ。  言葉もない。  白く発光するような桜の小手毬に目はずっと釘付けで、胸の中には、さまざまな気持ちが去来していたけれど、おおむね、ぼうっとしているのだった。  お花見が。  したかった。  忙しくてずっとそれどころじゃなかった。  お花見なんて、どのくらいぶりだろう。  新卒で今の会社に就職してからというもの、休日返上でがむしゃらに働いてきた。  早朝から深夜までオフィスに入りびたりで、お花見に向かうひとたちを見かける機会もなかった。テレビだってほとんど見れない。  でも、きっと、世の中には、いるのだ。  当たり前に、お花見、できる人間が。  友達と。家族と。恋人と。  そういうひとたちと、自分はなにが違ったのだろう。     
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