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芳乃 加寿美
あのひとはわたしを抱く時、結婚指輪を外して、誓約台の上の純白のリングピローに置く。
それが彼なりのけじめ、なのかもしれない。
わたしたちの勤め先のホテルは、ブライダル課でも、なんでだか夜勤が巡ってくる。だからたまたま彼とシフトが一致すれば、暗黙のうちにそれが約束の逢瀬の日だ。
終電組のあと、車組が退勤して行き、オフィスにわたしたちだけになったタイミングで、彼が声をかけてくる。
再来週のブライダルフェアの演出のことで、相談が。
とか、そんなふうに。
ブライダルフェアと呼ばれる、新規顧客獲得のためのイベントの企画は、営業とウェディングプランナーが協力して行うことになっているから。
じゃあ実際に照明なんかを動かしながら、チャペルで。
誰が聞いていてもいなくても、わたしたちはそうやって、仕事を口実に纏う。
日付なんてとっくに変わった真夜中、訪ねてくる新郎新婦やパートナー企業なんていない。
婚礼前日などは突然仕入れミスなんかのトラブルが判明して、宴会課が駆け込んでくることもあるけれど、それ以外の平日に、どうしてうちの課に夜勤が必要なのかは、よくわからない。
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