君にベタ惚れ

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 冷蔵庫に食べ残しの魚でも入っているのかと思って、俺は台所の小さな冷蔵庫を開ける。  マーガリンと、ビールと、ジャムと、使いかけの野菜、それにめんつゆくらいしか入ってなかった。 「別に、魚なんて入ってないよな」  ふと、テーブルを見た。使い込まれて、俺が子供の頃からある、だいぶニスのはげたテーブルの中央に乗っていたガラスのケースの中で、何かがひらひらと動いている。  近づいてみると、ガラスケースは、小さな水槽だった。水槽と言うより、むしろ花瓶に近い感じだ。手の平くらいの大きさで、ロールケーキを分厚く切ったみたいな形のそれには、魚が一匹だけ入っていた。  そんな小さい水槽に入るくらいだから、もちろん小さな魚だ。  体の大きさは俺の親指よりも小さいくらいだ。でも、その体の何倍もあるような薄くて大きなヒレが、わさわさと水槽の中で揺れている。まるでドレスのスカートのようで、俺は悲しみを一瞬忘れてそれに見とれた。 「もしかして、魚って、これの事なのかな?」  他に思い当たるようなものもない。  どうやらじいちゃんは、このペットの魚のことを俺に頼みたかったようだ。  俺は水槽の中の魚を、じっと見つめた。     
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