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「……できましたよ。お嬢様」
流れるような金の髪に白い薔薇の花冠を乗せて、執事のディランが夢見るような吐息をもらした。
「ああ、なんて綺麗なんでしょう。まるで砂糖菓子でできた妖精のお姫様のよう――儚げで、愛らしくて……本当に食べてしまいたい……」
真っ白なドレスに身を包んだ自分を手放しで褒める執事の言葉に、執事の前に座る少女はびくりと身体を震わせた。
ディランが乗せた花冠には胸元まで隠れるような白いレースのヴェールがついていて、少女の顔は霧の中のようにぼやかされている。
だがそれが余計に非現実感を誘って、少女をおとぎ話のお姫様のように感じさせた。
「初めてウエディングドレスを着た感想はいかがですか、お嬢様? 明日にはお嬢様が他の男の物になってしまうなんて――お嬢様の幸せを喜ぶ気持ちとお嬢様を失う寂しさとで私は気が狂ってしまいそうです……」
きちんと撫でつけたブルネットの短髪を震わせ、清潔感のある整った顔立ちを歪めて、ディランは微笑んだ。
美形で有能、清廉で温厚――『使用人にするならあんな男がいいわ』と社交界のご婦人たちに言わしめているこの男は、確かに傍から見ている分にはまさにその通りだろう。
今も、何も知らずに見ていれば『明日結婚するお嬢様の晴れ姿に感慨を覚えている従順な執事』にしか見えない。
しかし正面からヴェール越しに睨み付けている少女の目には、獣が舌なめずりをしているようにしか見えなかった。
「今日はそういう『設定』かよ。この変態クソ執事……」
ヴェール越しの紅い唇からおとぎ話にそぐわない言葉が発せられて、ディランはわざとらしく形の良い眉を顰めた。
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