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商業施設から車を数分走らせると、妻と娘が待つ我が家へと着いた。玄関を開けると、妻の絵美がエプロン姿で出迎えてくれる。
「ただいま」
「お帰りなさい」
台所に立つ絵美を見て、俺は手早く買い物袋をテーブルに置いて、スーツを着替える。
「ありがとう。あと代わるから、休んでて」
「いいの。たまにはやらせてよ」
「いや、駄目だ」
俺がそう言うと、妻は頬をぷくっと膨らませる仕草をした後、渋々エプロンを脱いだ。
今まで生きてきて三十年と少し。一度も包丁を握ることがなかった俺が率先して台所に立つことを、妻は微笑みながら見守ってくれる。しかし、幼い娘は、中々それを良しとはしてくれなかった。
「えー! またパパのご飯!? イヤ! 美味しくない!」
所々皮付きのジャガイモ、芯の残ったままのタマネギ、人参は大きく食べづらく、唯一肉だけがまともな、肉じゃが。ただそれだけのおかずが、食卓の中心に鍋ごとドンと置かれている。見た目に反して匂いはまともで、娘も匂いにつられて部屋を出てきた。
しかし、鍋の中の食材達の姿を見て、絵美の作った料理じゃないと察した娘は、一口も口につけないまま部屋へと戻ってしまう。
「おい! せっかく作ったんだから、食べてくれよ!」
「いや! 明日こそはママが作ってよ! じゃなきゃ食べない!」
扉一枚隔てた親子の会話。薄い扉なのに、随分と距離を感じるようになってしまったのは、つい最近のことだ。
「ごめんなさい。また明日、友紀にはちゃんと言い聞かせとくわ」
「いや、いいんだ。仕事の合間に料理の本とか読んでるけど、なかなか上達しない俺が悪い」
「あら、見た目はアレだけど、ちゃんと美味しいわよ?」
「よしてくれ。絵美の手料理には遠く及ばないさ」
娘が食卓を囲まなくなってしまったのにも、少し慣れ始めてきてしまった。だが、我が家の今のこの風景も、すぐに見られなくなる。カウントダウンはもう残りわずかだ。
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