1章

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1章

 自宅の最寄り駅に降り立つと、安心と疲労が同時に肩にのしかかってきた。あとは十分歩けば家に着くというのに、ここから家までベルトコンベアーのようなもので運んでくれはしないかと馬鹿なことを考える。あとわずかで自宅だと思うと、どうしてこんなにも気が緩むのだろう。  スマートフォンをかざして改札を抜ける。ポケットに戻す前に、昼間受信したメッセージを表示させて改めて眺めた。愛しい同居人から送られてきた飾り気のない一文が、のしかかる疲れを一気に吹き飛ばしてくれた。 「ただいま」  玄関を開けると、肉と野菜の香ばしく焼ける匂いが廊下まで漂ってきていた。  じゅうじゅうぱちぱちという具材の炒められる音と、それからかすかにゴウンゴウンと機械の動くような音も一緒に聞こえてくる。 「棗?」  高堂冬人(たかどうふゆと)は同居人の名前を呼びながらキッチンへ向かった。料理が趣味の冬人と違って、同居人の平尾棗(ひらおなつめ)は料理がまったくできない。冬人が仕事で帰りが遅くなる平日は、たいていそれぞれ外で夕食を済ますか、弁当を買って食べるかしていた。ところが今日の昼、棗から『今日は家で夕食を用意する』とメッセージが送られてきたのだ。ついに棗の手料理が食べられるのかと、冬人は胸躍らせて帰宅した。  短い廊下を抜けてダイニングを兼ねたキッチンへ顔を覗かせると、そこにはフライパンを振る棗の姿が……あるわけではなく、ステンレスの作業台の上で見慣れない機械が稼働していた。ホームベーカリーのような見た目のそれは、小さなモーター音を響かせて香ばしい匂いをまき散らしている。冬人は機械の上部から中の様子を覗いてみた。上部の蓋は透明になっており、中で中華麺と肉と野菜がまるで洗濯物のようにぐるぐると回転していた。 (なんだ、これ……中身は焼きそばか?)  蓋の横にはデジタル表示のタイマーがついており、減りゆく数字は機械の稼働時間をカウントダウンしているようだ。タイマーがゼロを表示して軽やかな電子音が鳴った。
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