208人が本棚に入れています
本棚に追加
人を探すために随分と遠くまで来てしまった。
ビルとビルの隙間から見上げる空は、山の木々の隙間から見る空よりずっと狭く、星がくすんで見える。
途方もない気持ちで空を見上げて、ため息と一緒にぐずぐずとその場にうずくまる。アスファルトのわずかなひび割れから伸びた、花もついていない雑草が肩をくすぐった。
街には今まで見た事がない人数の人間がいて、人波に呑まれていると自分が今一人きりだという事が思い知らされるようで、賑やかなのに孤独だ。
それに、街にはこんなに車が沢山走っているとは思わなかった。
車に掠った時に出来た、痛む足の傷口にそっと口を寄せて舐めると、鉄の味と匂いがじくじくと舌に、鼻に染み込んでくる。
舌が痺れるように疲れてきて、だんだんと瞼も重くなってきた。
夜が明けて陽が昇ったら、また探しに行こう。
昔に見た写真だけが頼りだけど、絶対に探し出さないといけない。
明日はもっと南の方に……
尻尾の先に不思議な浮遊感があり、寿々はぼんやりと目を開けた。
寿々は、真っ白い毛に明るい青の瞳をした、足と尻尾がほっそりと長い雄猫の姿をしている。
状況が掴めず、しばらく呆けていたが、どうやらキルティングジャケットに包まれてどこかに運ばれている最中らしい。
寿々は繁華街の中にあるビルとビルの隙間で寝ていたはずなのに、周囲はそこよりもずっと静かで、ゆっくりとした徒歩の振動が身体全体に伝わってくる。
もう一眠り出来そうな心地だが、とにかく情報を確認しなければと、ジャケットの隙間からぐいっと頭を出した。
まず頭の上に視線を向けると、男性の顔が目に入り、寿々を運んでいるのが若い青年だという事が分かった。
男性は寿々が起きた事に気付いていないのか、視線はまっすぐ前を向いている。
目元が涼しく、眉がしっかりとした精悍な雰囲気の男性だ。無造作風に整えられた黒髪と高い鼻梁が、街灯に照らされて顔に深い影を落とし、怖いほどの迫力がある。
寿々は、ヒュッと喉の奥が鳴るのを感じた。
なんだか機嫌が悪そうだ。もしかしてビルの持ち主だろうか、壁を少し汚してしまったのかもしれない。
それとも、もしかして、最悪の場合……
保健所の職員……?
そう思い当たると、耳の先から尻尾の先まで、ぶるりと震えが走った。
最初のコメントを投稿しよう!