第1章

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 服装は黒いカットソーに細身のデニムで、肌寒い十月中旬の深夜を歩くには軽装だ。  そんな中でジャケットを貸してくれていた事に今更ながらに気付き、寿々は診察台にくしゃりと置かれたジャケットを確認するが、血と毛で酷い有様だった。  そうしてまた情けない声を上げると、塩見はふと目を細めて、諭すように声を掛けてくる。 「優しそうな先生だから大丈夫」  猫と人だと言葉が通じないのは仕方がないのだが、申し訳なさが募って寿々はペタリと耳を伏せた。  そうこうしている間に、薄いゴム手袋を付け、聴診器を首に掛けた獣医師が診察台の方に戻って来る。 「元気そうですが、出血が凄いので傷口の様子を見せて貰いますね。左を上にして横になれますか?」  獣医師は塩見に対する態度と同じように寿々にも丁寧語で話し掛け、体勢を変えるようスムーズな手つきで促す。眼鏡越しに見える茶色の瞳が柔らかい雰囲気で、確かに優しそうだ。 「見た事ない種類の猫さんですね。ミックスでしょうか……?」  その言葉にぎくりとした寿々がほとんど息を詰めて身を固くしていると、獣医師の手は巧みに身体を探る。傷口には最低限しか触れず、加えられる痛みはほとんど無い。 「うん、骨にも異常はないし、血ももう止まってますね。血の量から推測していたよりも傷口は浅いですよ」  他に痛い所は無いかな?と囁きながら、獣医師は寿々自身も気付いていなかった右前足の肉球に刺さっていた小さな棘まで探し出して抜いてしまった。  塩見は診察の間、獣医師の手元を追うように視線を送っていたが、胸を撫で下ろしているようだ。  ようだ、と言うのは塩見の表情が眉間に皺を寄せたままほとんど変わらないからである。表情が変わりにくいタイプか、癖のようなものなのかもしれないと寿々は思った。  寿々は、手当のついでに身体に付いた血も綺麗に落とされたが、鼻の穴にこびり付いた血はなかなか取れず、診察が終わっても鼻が馬鹿になったように鉄くさい臭いしてこない。  その事が今更気になって忙しなく鼻を擦っていると、塩見と獣医師がやり取りを始める。 「野良の子だとご自宅に用意が無いでしょうし、本当は入院させてあげたいんですが、当院の院長が出張中でして……私も明日の朝には立ってしまうのでお預かり出来ず申し訳ないです」 「そうなんですか……」
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