第1章

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「薬を出しますし、傷自体は自宅療養で大丈夫な範囲ですよ。紹介状を書きますので出張中何かあった時はそちらで診て貰ってください」 「はい。お忙しい中すみません……」 「いえ、そんな。ご心配でしょうし、何か困ったら院でなく仕事用の携帯に連絡してくだされば出張中もご相談に乗れますので」  そう差し出された名刺を、塩見は恭しく受け取ると何度も頭を下げる。  自宅療養と言っていたので、このままの流れだと塩見の家にしばらくお世話になるのだろうか。  今までの言動から誠実な人柄が垣間見えて、寿々は塩見にすっかり安心感を覚えてはいたが、病院に連れて来てくれた上にジャケットも駄目にしてしまったのでこれ以上迷惑を掛けるのは流石に悪い気がしてしまう。  せめてジャケットだけでもどうにか出来ないかと汚れた部分を舐めてみたが、血はもう赤黒く染みついたまま固まってしまっていて落ちる気配がない。  そのうち、二人の会話に聞き耳を立てる事も忘れてジャケットと格闘していると、いつの間にかすぐ近くに塩見が立っていてじっとこちらを眺めていた。  相変わらず涼しげな目元と真一文字に結ばれた口元。目だけで動きを追われていると、まるで猛禽類に狙われているようだ。  寿々がそれに気付いてあたふたと顔を見上げると、塩見は動物病院に来た時と同じように寿々の身体をジャケットで包んで抱き上げる。 「では、お世話になりました」  塩見は獣医師の方に向き直って深々と頭を下げる。寿々も通じないとは分かっているが獣医師に向かってお礼を言うと、いいよ、痛いのによく頑張ったね。とタイミング良く微笑まれたので目を丸くしてしまった。  腕の良い獣医師は動物の考えている事が分かるのだろうか。  その間も塩見の足はすいすいと診察室を抜け、待合室を通り玄関を出て行く。  長身でコンパスが長いせいかそれはなかなかの早足で、行きの道中とは二倍速ほどにも思える。  道中はきっと起こさないように気遣っていてくれたのだろうと考えていると、いつの間にか寿々の喉は勝手にゴロゴロと鳴っていた。    動物病院を立ってから少し大きい道まで出たところで、塩見はタクシーを捕まえて乗り込んだ。
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