Run Girl, Run Gale

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 彼が疾走し、葬式が終わった後、宴会が盛大に催された。親戚一同が集まって彼の昔話をして、大声で騒いでいる。机には所狭しとご馳走が並び、遠縁の男たちがビール片手に腕相撲をしているその後ろでは子供たちがぎゃあぎゃあと力比べをする父親たちを無邪気にはやしたて、母親たちがそれを笑いながら諌めていた。誰もが疾走とは無縁だった。  私は机の端っこからその光景を眺めていた。いつからそこにいたのか分からない。だって私はうまく動けなかった。私がどこから来たのか分からなかった。手元には泡の無いビールがある。泡のないビールなんて飲めたもんじゃない、と叔父は言っていた。ビールはぽつんと動かずに、飲まれるのを待っていた。すると彼のお母さんが少しふらつきながら私の隣に座った。「津久絵ちゃんはもういいの?」お義母さんは私の減ってないビールを見て言った。 「ええ、そうですね」少しグラスを傾け口に含む。そして分からないようにグラスに吐き出して戻す。舌がわずかに痺れ、麦が押しつぶされた香りが鼻腔に抜ける。 「ビールはお嫌いかしら」お義母さんはすこし赤らんだ顔でほほえみ、口元をゆるませる。そして私のグラスを掴み、中身をぐいっと飲み干した。 「あまり悲しくならないことよ」彼女は唇をぬぐう。「そもそも、そんなに、悲しいことではないのだから」 「ええ」  お義母さんは相変わらずとろけた輪郭で私を見つめてくる。彼女の微笑みには爬虫類のような生物的な危うさがあった。私は少し笑い返し「お手洗いに行ってきます」と軽く会釈をして席を立った。奥のほうでは叔父が子供たちと遊んでいる。男の子、女の子、かまわずにぐるぐる回ってはしゃいでいた。叔父はワイシャツを汗で濡らすほど動いていたがとても楽しそうだった。子供たちもきゃっきゃと彼に付いて回り、まるで小さな遊園地を見ているようだった。でも遊園地には子供しか入れない。ぐるぐる回っていいのは子供だけなんだ。許されるのは子供だけ。はしゃいでいいのは子供だけ。
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