第1章

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シカを仕留めたのは、初めてだった。 ぐんと引いた弦(つる)から矢が放たれると、獲物の肉体を一瞬にして射抜く。 動物は肉体をぴんと引きつらせ、その場に大きく倒れた。 それまで、時を刻んで動いていた生命の砂時計が、瞬間、途絶えてしまったのだ。 シカは震えている。 苦しいのだろうか。 たとえそうだとしたら、自分の技量不足のせいだ。 だからあのシカは、死ぬ間際に痛みと苦痛を味わうことになったのだ。 (すまない……) 緑惺は膝をつき、震えたシカの頭をやさしく撫でた。 前を歩く父が口を開く。 獲物を射抜いた息子の成果を褒めるのでもなく、悪い部分を正そうというのでもなく、ただゆっくりと呟くように。 「精進せねば、ならん」 父の背中はいつも冷たく、いつも遠い。 そしていつも、自分を認めてくれようとはしない。
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