プロローグ

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疲労した身体を癒すために、水田を見下ろしてしまうのは、一種の職業病でもあった。 行き交う農家の老人達が、つぎつぎと訝しげに、男をちら見してゆく。 平成末期の世の中、高速化した社会とは対照的に、水田のど真ん中にこれまたどんと腰を下ろしているのだからいうまでもない。 それでも、目一杯仕事をした後、こうして自然の中にぼんやりと佇むのは何とも心地が良い。 男は、だんだんとつらなる棚田のてっぺんに立っている。 水のせせらぎが鼓膜に反響して、澄みきった空気が鼻孔を通り抜けた。 日田東槇(ひたとう まき)は、ゆっくりと息を吐く。 「ここらの水路や川は、あの山の向こうにある源流からここにきているんだ」 通りがかった老人の一人がそう言った。 訊いてもいないことを教えてくれる老人はどこにでもいるものだ。 それでも頭に残るのは、かすかにでも、ご老人の話に感動を覚えたからであろう。
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