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ある日、槇が職場に行くと、そこには一つの人骨が用意されていた。
そんなものが台の上にぽつんとあっても、驚き慌てることではない。
彼の仕事は、法医人類学者。
というと難しく聞こえるが、主に発掘された古代人の人骨を修復する仕事だ。
彼がこの職業についた理由は、元々考古学マニアで、古代に生きた人間たちの足跡を未来へ遺していきたいと思ったからだ。
槇はこの仕事が好きだ。
仕事の合間に、過去の歴史が生んだ遺産をわざわざ見に足を運ぶくらいには。
もっと詳細に語れば、古代のことをあれこれ研究し想像する中で、感動や学びを覚えること、それが何よりの至福なのだ。
「日田東先生、すみません」
そう云ってドアを叩いたのは、雑誌の記者だった。
「初めまして、こういう者です」
何やら、この前発掘された新遺跡をネタに、雑誌の記事を書くという。
彼から名刺だけを渡されると、よろしくお願いしますと頭を下げられた。
歴史や遺跡を取材しに来る記者というと、少なくとも三十はとうに超えた中年男を想像していたが、意外にも若く、まだ二十代半ばのような風貌だった。
それに、どこか気の置けない荒々しさもあって、久しぶりにハラハラとした緊張感を覚えた。
そんな気分もたまには悪くない。
「ありがとうございました」
すべての取材が終わった後、記者の青年はそう頭を下げた。
槇はあまりの強烈な感度に、去っていく彼の背中を見ながら、その場に立ち尽くしてしまった。
家に帰るまで悶々と考え込み、やっとそれに気づく。
ああ、これは恋である、と。
それはドキドキするだとか、そんなはつらつとした感覚ではない。
これが正解か不正解かと聞かれたら、迷わず正解だと答えるような感覚。
そして、心の中から大波が押し寄せてくる感覚だ。
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