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人の気配を拒むような、冷たい空気が辺りを包んでいた。
目の前には、対して役にもたたない焚き火がチラチラと燃えている。深い深い夜の闇はそんな心許ない光など物ともせず、さらにその範囲を広げようとしていた。心の中にほんの少しでも隙があれば取り込まれてしまいそうな、ぞっとするような漆黒が迫っているのを感じる。
シイナは木の幹に取り付けた簡易テントの下で、両膝を抱え炎を見つめていた。
夜の森に目をやると吸い込まれそうな気持ちになるからだろう。それは俺も同じだった。俺はシイナと焚き火を挟んで向かい合うように立ち、その小さな明かりを頼りに、出発する準備をしていた。
「……グリオン。夜明けまでに戻ってこなかったら迎えに行くわ」
シイナが静かにそう言った。ただただ炎を見つめ続ける彼女の意思は固く、有無を言わせない雰囲気が漂っていた。
どうしてもと言ってここまでついてきた彼女だったが、久々の旅で大きく体力を消耗している。そうでなくても、許可できるのはこの場所までだ。これ以上は近付けさせたくない。しかし、良からぬ地へ赴こうとしている俺を心配する彼女の気持ちも分かっている。
「……分かった。そうならないようにするよ。むしろお前の方こそ、山賊には注意しろ。昔はこの辺りによく潜んでいた」
「いつの時代の話よ。……現役は引退しても、自分の身くらい自分で守れるわ」
シイナはすぐ横に置いていた杖に手を触れ、薄く笑ってみせた。ずっと身を縮こませるようにローブに両手を潜め、長いこと緊張した面持ちのシイナだったが、ここへ来て初めての朗らかな表情だった。俺もそれを見て、少しだけ笑みを返す。
「……我儘を言って、すまない」
俺は剣や食料の最終点検を行い、掲げた松明に焚き火から炎を移らせると、一人出発した。
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