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「なんですか?」
僕は起き上がる気力もなく、伏せたままふにゃふにゃな声でなんとか返事をした。
「腹減った。リュックの中のパンと牛乳出せ」
自分で出せばいいのに。こんなへにゃへにゃに頼むなんて、かえってめんどくさくなると思わないのか?
御影さんは言うだけ言うと、また壁にもたれあぐらをかいた。ブツブツ言いながらノートになにやら書き込んでいる。
今回の企画を考えたのは御影さんらしい。だから気合いが入ってるんだろうけど、死にかけてる新人に対する思いやりがなさすぎる。
寝転んだまま腕を伸ばし頭の上にあったリュックを掴んだ。ズルズルと引き寄せパンと牛乳の入った袋を出す。
このリュックは御影さんから借りたもの。僕は会社に三日間缶詰でやっと家に帰れると思ったところへ、突如同行が決まり連れ出されたんだ。スタジオからフラフラと出たところにザッと御影さんが立ちはだかり、このリュックをグイッと突きつけられそのまま連行。今に至っている。
僕の私物は掛けてる眼鏡と、ポケットに入っている携帯に財布、首から提げた社員証のネームプレートのみ。
左手を突き、なんとか体を持ち上げ御影さんへパンの入った袋を差し出した。
「ん」
御影さんはそれをたったの一文字の返事で受け取る。目線もノートに向けられたまま。クリームパンを取り出し、大きな口を開けてパンをかじりながら言った。
「いつまでもへばってんじゃねーよ。リュックの外ポケットに薬入ってるから飲んどけ」
不格好に傾いた眼鏡を正常な位置に戻す手が止まる。御影さんの言葉に僕は己の耳を疑った。
「え……酔い止め、持ってたんですか?」
「いつでもロケに出られるように用意しておくのが常識だ」
持ってるならもっと早くにくれればよかったのに、どうしてこの人ってこうなんだ。もう、既遅。かなり手遅れだよ。
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