1202人が本棚に入れています
本棚に追加
/272ページ
それは、水野佑人がこの学園に来て、数日も経たないある日。
遠くから、その人を見た。
周囲の生徒たちより背が高く、その雰囲気は静かで、高校生とは思えないほど大人びている。
αで、御曹司で、生徒会長。
その時はそこまで知らなかったが、何か特別な人だということは一目でわかった。
その人のそばにいる生徒たちは、男子も女子も、言葉を交わせるだけで幸せだとばかりに目を輝かせている。
同じ学園にいても、自分がその人と関わることは、きっとない。
違う世界の人だ。
そう思って、通り過ぎようとした時、ふと気づいたことがある。
その人は、笑っていなかった。
人に慕われ、その中心にいながら、その人の横顔にはどこか陰がある。
それがなぜだか通り過ぎた後も心の隅に引っかかった。
佑人は、真新しいブレザーの制服に身を包み、目の前にそびえる大きな校舎を見上げていた。
私立常久学園。
街中にそれなりに広い敷地を確保した有名高校だ。
校庭には桜が咲き誇り、まるで新入生を歓迎しているようだ。
今日からここに佑人は通うことになる。
と言っても、佑人は高校二年だ。
新入生ではなく、この学園には転校してきた。
転校したのは、自分の第二の性、バースが理由だった。
バースには、α、β、Ωの三種類がある。
αは生まれながらのエリートで、βは普通の人で、Ωは発情期があるから子を産むためだけに存在する劣った人間。
大雑把に言えば、そんな差別意識が世に蔓延している。
そんな中、佑人はまだバースが確定していない。
大抵の人は中学卒業までには確定すると言われているが、佑人はまだだった。
自分がどのバースになるかは、両親のバースによって組み合わせが決まる。
佑人の親は、父がαで実母がΩなので、佑人はαかΩのどちらかになる。
高校生にとっては、誰がどのバースかは、名前よりも重要な関心事であり、バースを隠して学校生活を送ることはまず不可能だ。
αであろうと、βであろうと、Ωであろうと、そのバースとして過ごさなければならない。
それが「未確定」という時点で、周囲には、何かズルをしているように思われていた。
最初のコメントを投稿しよう!