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釣られたように、すぐに眠りに引き摺り込まれる。伝わる赤ん坊の暖かな熱と鼻腔を擽る甘いミルクの匂いに、自然と頬が緩んだ。
しかしそんな至福な時間も、三時間で終わりを告げる。
「ふぇ……」
「え?なに?もうお腹空いたのか!?」
泣き始めた声に、飛び起きたおかげで危うく樹から落ちかける。こんな所から落ちて始祖が怪我などした日には、末代まで語り継がれてしまうだろう。
そんなことはさせじと無駄にその反射神経をフルに利用し、はしっと聖司郎を抱き締めて、一度浮いてから地面に降り立った。
「珠希。聖司郎のミルクを作ってくれないか」
「私は掃除で忙しいですので、ご自分でなさってください」
三角布に割烹着を着込み、マスクまでした完全防備の珠希は、主人相手とは思えぬほどにぞんざいな口調で言い放つ。
そんなつれない態度に文句でも言おうものなら、ならば子育てなど止めてしまいなさいと叱責されるのが目に見えているので、自分で用意することにした。どうも珠希には逆らえない。これではどちらが主人か、分からないだろう。
「はい、聖司郎」
出来上がったミルクの温度を確かめてから差し出すと、腕に抱かれていた聖司郎は勢いよく吸い始めた。それを愛しげに見詰める。
この感情はどう表現すればいいのか。
確かに自分が吸血し、コピーとした元人間たちにもそれなりに愛情や執着は持っていた。しかし聖司郎に向ける感情は、それとは全く違う。
やはりこの赤子は、特別なのだ。
「早く大きくなって、私の花嫁になっておくれ」
そう言って、ぷにぷにの頬にキスを落とす。
ヴァンパイアに比べ、人間の成長はとても速い。
聖司郎が成長してヴィクトールを受け入れるようになるまで、きっとそれこそ瞬きする間のように過ぎてしまうだろう。
ヴィクトールはその日を夢見て、これからも泣き喚く怪獣と格闘を続ける決心をしたのである。
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