第1章

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 珠希のおかげでどうにか小屋は、生活に耐え得るぐらいには小綺麗になった。何分古いためにあちらこちらにガタはきているが、それは追い追い直していけばいいだろう。  問題はベッドだ。自分たちなら別段必要ないのだが、聖司郎となると話は変わる。  ヴィクトールは工具と材料を手に入れ、器用にも自分で作り上げた。珠希は自分がすると主張したが、これはやはり男の仕事であろう。それに自分が始祖だということで、特別扱いをされるのは好きではない。   「はい。聖司郎。これがお前のベッドだよ」  出来上がった小さな柵付きのベビーベッドに、聖司郎を寝かせる。今までずっとヴィクトールか、ヴィクトールの手が空いてなければ珠希が抱っこをしていたので、久しぶりに聖司郎は一人で寝かされたわけだ。  すると途端に抗議するかのように、大きな泣き声が上がった。   「え?何故だ?ミルクはさっき飲んだはずだが……」  その時におむつも替えたのだが、またしてしまったのだろうか?そう思いおむつを外してみても、それは綺麗なままで、思わず首を捻った。  だがそうしている間にも、聖司郎は火がついたように泣き続ける。顔を真っ赤にしている姿が可哀想になって、思わず抱き上げた。  するとどうだ。今まで泣いていたのが嘘のように、ぴたりと泣き止んだのである。 「完全に抱き癖がつきましたね」    嬉しそうに紅葉のような愛らしい手を精一杯に伸ばしてくる姿にほっと胸を撫で下ろしていると、その様を少し下がったところで見ていた珠希がぽつりと聞き慣れぬ単語を発した。   「抱き癖?」 「今のように抱いていないと泣いてしまう現象のことです。こうなっては、道は二つしかありません。どれだけ泣き喚いても心を鬼にして放っておいて諦めさせるか、それとも聖司郎さまのお気が済むまで抱き続けるか」    恐ろしい二者択一だ。ヴィクトールは聖司郎に視線を落とした。目が合うと、構ってもらっていると思ったのか。にっこりと天使のような微笑みが、その愛らしい顔に浮かんだ。  それを見た瞬間、いとも簡単に完敗したことは言うまでもない。 「いい。抱っこしておくよ」    こんなに可愛い笑顔を、泣き顔に変えたくない。それは恋する男の心理だ。  しかし恋していない女からすれば、それは愚かなる選択だったのかもしれない。   「それは結構ですが、お覚悟はなさってくださいね」  
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