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実はもう全く性欲を感じることはない。恐らく相手が聖司郎でなければ、誰とセックスをしても無味乾燥なものにしかならないのだろう。
だがこれも聖司郎の為だ。こうなったら相手はどんなタイプであろうとも同じなのだから、適当に相手を見繕って頂くものを頂いた。
だがこの時に、つい頂き過ぎてしまったのだ。久しぶりだったために、箍が外れたと言っていいかもしれない。
おかげで現在住まう小屋の前に、人間たちがそれぞれに得物を持って立ちはだかっていた。
「ヴィクトールさま。これはどういうことでしょうか?」
珠希が抑揚のない声で尋ねてくる。そんな彼女が静かに激怒していることは付き合いの長いおかげで手に取るように分かり、思わず秀麗な顔を引き攣らせた。
人間たちはヴァンパイアに対して、異常なほどの敵愾心を持っている。当然だ。人間にとってヴァンパイアは自分たちに害をなす者で、時には命まで奪い取られる。
現に今目の前にいる人間たちも、その眼に明確な殺意を宿していた。
「ちょっと、飲み過ぎてしまったようだね」
それは相手の命を奪うまで血液を飲んだということだろう。にっこりと見る者を一目で虜に出来る蠱惑的な微笑みを浮かべ、放たれた声は全く悪びれておらず、珠希は怒りを通り越して心底呆れたようだ。
「どうなさいますか?」
「仕方ない。ここを引き払うとしよう」
目の前にいるのはざっと三十人。瞬殺出来る人数だが、今は聖司郎がいる。
こんな赤ん坊の前で、しかも彼の同族を自らの手に掛けることに、珍しく良心が痛んだ。
片手に聖司郎を、そしてもう片手に珠希を抱き、ふわりと体重を感じさせぬ優雅な所作で宙に浮く。
それに驚愕している人間たちをその場に残し、ようやく快適に暮らすことのできるようになった小屋を放棄して、二人を腕に抱いたままその土地を離れた。
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