第1章

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 それから二度三度と移転を繰り返しながら、聖司郎を育て始めて一年ほど経ったころであろうか。彼らが訪ねてきたのは……。 「ヴィクトールさま。いい加減、帰ってきてください」 「う~ん、まだ無理かな」 「ヴィックがないと寂しいよ……」    やってきたのは睦月と神奈という名の兄妹で、珠希と同様ヴィクトールのコピーだ。現在彼らは、居城で留守を預かっている。二人とも人間特有の黒髪黒瞳をしており、その姿はコピーになった時の年齢で止まっていた。  ヴィクトールをはじめ、ヴァンパイアは多くの者と交わることを好まない。よって自然とコピーの数は限られてくる。現にヴィクトールのコピーは目の前の兄妹と、珠希だけだ。よって現在城にいるのは兄妹のみであるが故に、神奈が寂しいと訴えるのも無理はなかった。  それに城に主が不在であるという現状をもし人間たちに勘付かれてしまえば、ここぞとばかり武装蜂起し、襲撃される可能性がある。人間たちはヴァンパイアの排除を、完全に諦めてはいない。  コピーは元々人間ではあるが、ヴァンパイアと化したと同時にその身体機能は飛躍的に向上し、始祖と同様に不老不死に近い肉体となるのだが、それでも条件が揃えば消滅することだってあり得る。  それに人間は脆弱なるものだが、そんな中にも唯一ヴァンパイアに対抗できる者たちがいた。  魔導師と呼ばれる、ごく限られた人間。彼らは人が持たぬ力を持ち、ヴァンパイアを倒すことを生業としている者が多い。  よって始祖が城から離れていることが知れ、もし魔導師たちに襲われればコピーたちにとっては致命的だ。  だからこそ今までも何度も城に戻ってくるようにと催促されていたのだが、完全無視していたために、こうして直接訴えに来たらしい。 「一年ほど前も、クリストフさまと倭国(わのくに)がなにやら揉めていたみたいで……」 「クリスが……?」    クリストフ・フォン・カルディナールは紅蓮のヴァンパイアと称される四鬼聖の一人で、現在世界を治める四人の始祖の一人だ。大戦時には人間たちから、最も冷酷無比、残虐非道と怖れられていた男だった。  だが実際の彼は、ひどく怠惰で面倒を嫌う。そんな男がわざわざ自ら騒動を起こすとは考え辛い。ということは、倭国の方から仕掛けたのだろうか?
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