第1章

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 ヴィクトールは慌ててしっかり抱き締めたまま立ち上がり、上下に揺らして背中を擦ってやる。 「大丈夫だよ、聖司郎。怖くない怖くない」  これ以上怯えさせないように優しく囁いて、リズムよくトントンと背中を小さく叩いてやる。睦月と神奈はその泣き声に自分たちが犯した失態に気付き、傍に寄ってこようとした。  しかしきっと知らない人間が近寄ると、もっと怯えてしまうだろう。そう危ぶんだヴィクトールは目配せをして、二人を制する。   「ヴィ、ヴィ……っ」 「ん?」 「描き描きィ」 「はいはい」  しゃくり上げて強請る声に逆らうことなど、出来るわけがない。二人にしばらく待つように言い置いて、珠希がいる隣の部屋に移った。  部屋には懐いている珠希がいて、二人から離れたことに安心したのか。聖司郎はどうにか泣きやんで、床に下ろしてもらう。そして先ほどまで珠希と共に描いていた画用紙を、ヴィクトールの元に持ってきて床の上に置いた。   「何を描くんだい?」 「ヴィ!」  決して上手ではないヴィクトールの絵でも、聖司郎はすごく喜ぶ。納得するまで散々付き合ってようやく寝入ったところで、元いた部屋に戻った。   「ヴィック、ごめんね」 「すみません……」    部屋に戻ると、二人が項垂れて謝罪してくる。それに気にするなと苦笑を浮かべ、頭をぽんと叩いてやった。   「でも本当にあの子がお嫁さんなんですか?」 「そうだよ。とても可愛いだろ?」  いつになく上機嫌で答えると、睦月の戸惑いが伝わってくる。  普段のヴィクトールは冷静沈着だと言えば聞こえがいいが、周囲に対して関心がない。だから花嫁捜しをすると言い出したときには、何があったのかとコピーたちは一斉に驚いていたが、すぐに興味を失い、帰城すると高を括っていた節がある。  それが花嫁候補を見付けた上に、こんな風に惚気るなんて思いもしていなかったに違いない。しかもその相手が、あのような赤子だ。驚かない方がおかしいだろう。  だが元々ヴァンパイアは一旦相手を決めてしまえば、情に厚い。だからこの変わり身は、ヴィクトールが聖司郎を生涯の伴侶と決めた証のようなものだ。   「じゃぁ、あの子を連れて帰ってくればいいじゃない」  元々城を抜け出した目的は花嫁捜しだ。もう見つかっているなら連れて帰ればいいと、単純にそう考えたのだろう。しかし静かに首を振った。  
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