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例えば相手がただの人間ならば、珠希に傷一つ負わせることはできないだろう。だが相手が魔導師ならば話は別だ。しかもこちらには聖司郎もいる。どちらが不利か、考えるまでもない。
そして目に飛び込んできた小屋は月明かりの下で無残な残骸と化していて、鼓動は跳ね上がった。
「聖司郎!珠希!!」
地面に降りながら、大声で二人を呼ぶ。その声に反応したように瓦礫の一部が動き、中から腕が伸びた。
「珠希!!」
それに気付いて瓦礫を退かすと、中から珠希の姿が見えてほっと胸を撫で下ろす。
額を切ったのか。いつもは色白な顔に真紅の液体がべっとりと塗られていた。見ると他にも怪我をしている。もしかすると腕の骨は折れているかもしれない。
「平気か?」
「申し訳ございません、ヴィクトールさま。急に襲われて……」
顔を歪めて謝罪するのに、ただ首を振る。
まさか魔導師が襲ってくるなんて、ヴィクトールだって考えもしていなかった。珠希のせいだけにはできない。
「私よりも聖司郎さまを……。連れ去れました」
珠希が傷付いた腕で、、しがみ付いて訴える。それに奥歯をぎりぎりと噛み締めた。
「相手は五人。うち二人が魔導師です」
「了承した」
魔導師が二人など、始祖にとっては相手にもならない。
その場にそっと傷付いた珠希を横たえ、立ち上がった。珠希はコピーだ。代謝機能は人間を遥かに凌駕しているから、すぐに傷は癒える。現にすでに出血は止まり、傷は塞がり始めていた。
聖司郎は無事だろうか。不安に押し潰されそうになるが、大丈夫だと己を鼓舞した。
わざわざ連れていったということは、きっと生きている。殺すつもりなら、今頃ここに、死体が転がっているはずだ。
(聖司郎に掠り傷一つでも負わせてみろ……)
この世に生まれてきたことを後悔するほど無残に殺してやる。
そう決意して、再び淡い銀光が彩る闇夜に舞い上がった。
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