第1章

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 聖司郎は一体どこに連れていかれたのか。  こんなことならせめて誓約印だけでも付けておけばよかったと、ひどく後悔した。  誓約印は、ヴァンパイアが気に入った人間に付ける印だ。コピーや花嫁にしたい人間の血液を僅かだけ飲み、そのDNAをヴァンパイアが記憶する。そうすればその人間がどこへ行こうとも、いつだってヴァンパイアは所在を把握できるようになるのだ。  だが聖司郎はずっと傍にいるものだと思い込んでいたから、わざわざその印は付けていなかった。  それがこんなことになるなんて……。思わず自分の不手際に、奥歯を噛み締めた。  とにかく今は、聖司郎を探し出さなければならない。幸い、小屋に続く道は一本道だ。小屋は山の中腹にある。よもや頂上を目指すことはしないだろうから下り道に沿って飛びながら、目を凝らして聖司郎の姿を探した。  だが中天に懸かる月が如何に銀糸を紡ごうとも、木々に覆われた山肌を見通すことなど出来ない。  ならばと、耳を澄ました。ヴァンパイアの聴力は一キロ先に針が落ちた音でさえ聞き取ることが出来る。近くにいれば、人間の鼓動さえ聞こえるのだ。  そうやって飛んでいると、突然野卑な声が飛び込んできた。 「本当にありゃぁ、ヴァンパイアだったのか?」 「前々からあんなとこに住んでるなんざおかしいと思って見張ってたら、あの小屋から男が飛ぶところを見たんだよ」 「ヴァンパイアの子供なら、さぞかしいい値で売れるだろうさ」    普段、生活に必要なものを麓の村に買いに行くのだが、どうやらその時から目を付けられていたらしい。そして今夜、ヴィクトールが出掛ける姿を見た、というところか。  彼らの話からするとヴィクトールと珠希は夫婦で聖司郎はその子供、ということになっているようだ。  実はヴァンパイアの生態は、人間たちにとっては謎のベールに包まれている。未知のものに対して、恐怖心を抱くのは致し方なかろう。それがヴァンパイアに対して、異常なまでの敵愾心を抱く要因の一つとなっていることも、否めない。  勿論、繁殖能力を有するのは始祖だけで、コピーたちはヴァンパイアになった途端に子孫を残すことは叶わなくなるという事実も、もちろん世間一般には知られていなかった。
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