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よって彼らはヴィクトールのことを始祖とは思っていなかっただろうし、ましてやヴァンパイアが人間の子供を育てているなどとは、考えも及ばなかったに違いない。
もし相手が始祖だと分かっていれば、それに手を出すなどという暴挙はどんな愚者だって起こさない。ある意味、彼らは不幸だ。
その声を頼りに上空からそっと近付くと、ようやく見付けた。
聖司郎を担いだ男を含め、人数は珠希の言うように全員で五人。魔導師が二人いるようだが、そんなことは関係ない。
聖司郎は先ほどから見ていても身動き一つしていないから、意識を失っているのだろう。
ならばちょうどいい。ヴィクトールが何をしたって、見られる心配はなかろう。
口許にすっと冷たい弧が描かれた。
「その子を返したまえ」
上からさも不機嫌な声で話し掛けると、男たちは吃驚したように立ち止り、きょろきょろとあたりを見回してから、ハッと気付いたように上空を見上げる。
ヴィクトールは真ん丸の月を背負ったまま、冷たく男たちを見降ろした。
「ちっ。父親か」
「それは違うな。私はまだ独身だ」
父親とは失礼な!と的外れなことに怒りを露わにしながら、音も立てずに男たちの前に降り立った。
すっと二人の男が前に出る。恐らく魔導師なのだろう。
「ならばこの子は人間か」
「貴様たちは、同族も見分けられないのか?」
嘲笑を浮かべながら小馬鹿にしたように居丈高に言い放つと、男たちが食って掛かろうとした。それを魔導師が手で制する。少しは冷静らしい。それとも自分の方が優位だと思っているのか。
魔導師にはその能力によって大きく上級、中級、下級の三階級に分けられ、更にそこから細分化されている。
倭国にも属さず、こんなところで悪事の加担などする流しの魔導師は、下級魔導師が大半だ。下級魔導師など、ヴァンパイアにとって脅威にはなり得ない。
だが中級の中でも長ともなると、コピー相手なら互角に戦える。今、目の前の魔導師は、これに相当するのかもしれない。
尤もヴィクトールにとっては、下級も中級も大した差はなかった。
「なぜヴァンパイアが人間の子供と共にいる?」
「何故だと?私が人間風情に、答える義理などない」
いつもは灰蒼の瞳が血のように濃い真紅に変化し、月明かりに反射して光を放つ。途端に男たちは金縛りにあったかのように動けなくなった。
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