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辺り一面に、甘く蠱惑的なにおいが満ちている。しかしそれに食指が動くことはなかった。かつて人間だった肉の塊を見降ろすその瞳はひどく冷たく残忍で、纏う空気は殺気立っている。
このままではいけない。聖司郎が目覚めてこんなヴィクトールを目の当たりにしたら、きっと怯えて泣いてしまうだろう。
何度か大きく呼吸を繰り返し、どうにか気を静めようとする。聖司郎の無邪気な笑顔を思い出すと、自然に頬が緩んだ。
もう大丈夫。聖司郎はちゃんと自分の腕の中にいる。聖司郎さえいれば、あとは何もいらない。聖司郎がいれば、生きていける。
(嗚呼。これが愛するということなのか……)
永遠に変わらぬ愛。花嫁を娶るということはそれを誓うということなのだが、本当はそんなもの信じていなかった。
永遠に変わらないものなんて、この世界にはない。特に想いなどとても移ろいやすく、脆いものだ。
そう思っていたのに……。
どうやらそれは間違いだったらしい。聖司郎と共にいて、ようやくそれを理解した。
しっかりと聖司郎を抱き締め、宙に浮く。
ここはあまりにも凄惨な現場になっている。小さな子供に見せるのは、教育上よろしくないだろう。
自分が為したという事実は棚に上げ、早々にそう結論付けて、心配しているであろう珠希の元に急いだ。
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