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「ヴィクトールさま!!」
珠希の怪我は、やはりもうほとんど完治していた。コピーといえどもヴァンパイアは、致命傷を負わない限りすぐに再生できる。
いつも冷静な彼女にしては珍しく焦りを露わにして、地面に降り立った主の元に駆け寄ってきた。聖司郎のことが心配だったのだろう。聖司郎は完全なる人間だ。怪我をしたらなかなか治らないし、すぐに致命傷になる。
「大丈夫だ。怪我ひとつしていない」
「そうですか。よかった」
珠希はその言葉にほぉっと胸を撫で下ろして、腕の中で眠っている聖司郎に愛しげな視線を向ける。その視線でどれほど聖司郎のことを大切に想っているのか、ひしひしと伝わってきた。
二人の気配に触発されたのか。聖司郎の血管が透けて見えるほど薄い瞼が、細かく震えたかと思うとゆっくりと上がり、中から闇夜のような漆黒の瞳が現れる。
「聖司郎?」
聖司郎はその声にはたりと一度大きく瞬き、じっとヴィクトールを穴が開くほど見詰めてきた。しばらくそうしていたかと思うと、見る見る間にその瞳には雫が溜まり、一気に溢れ出す。
「ふぇ……っ、ヴィィィ!!」
途端に恐怖が込み上げてきたのだろう。泣きじゃくり始めた聖司郎をしっかりと抱き締めて、その背を擦ってやる。
「もう大丈夫だ。そんなに泣いたら、目が溶けてしまうよ」
ヴィクトールは、聖司郎に泣かれるのが一番弱い。すっかり困ったように柳眉を下げ、必死になって人間の子をあやしている姿を見て、これがかつて激昂のヴァンパイアと恐れられた四鬼聖の一人だとは、誰も思わないだろう。
「ヴィっ、ヴィ!」
「私はここにいるから……。あぁ、そうだ。今度から聖司郎がどこにいても分かるように、印をつけよう」
「しるし?」
しっかりとしがみ付いてくる聖司郎を上下に揺すりながらキスをして、ここぞとばかりに提案してみる。聖司郎は意味が分からないのか。瞳一杯に涙を溜めて、ことりと首を傾げた。
「そう。それ付けていたら、もし聖司郎が迷子になってしまっても、すぐに私が迎えに行けるよ」
「付けるっ!」
余程今回のことが怖かったのだろう。狙い通り、いつもはイヤイヤ星人の聖司郎が珍しく快諾した。
「痛くないからね」
「ヴィ、こそばい」
心変わりしないうちにと、聖司郎を地面に立たせて地面にしゃがみ込む。そしてそのまま首筋に頭を埋めた。
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