第1章

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「ヴィ、ヴィクトールさま!始祖さまともあろう方が、人間に紛れて暮らすなどと……!」 「だってこの子、連れて帰れないだろう?」  赤子を抱え直すと、首元から何かが零れ落ちた。布で出来た袋が、首に掛かっていたらしい。   「これは……?」 「あぁ、お守りですね」 「お守り?」  袋を指で摘まみ上げると、珠希が「あっ」と声を上げてそれを手に取った。 「もしかすると、この子の名前が分かるかもしれません」  どうやらヴィクトールを説得する気は失せたようだ。そもそもそんなことが出来るわけないと、珠希が一番よく理解していた。  ある地方には生後七日目で名づけをし、それを書いた紙をお守りの中に入れ、魔除けとして子供に身に着けさせる風習があるらしい。そんな説明をしながら白く細い指がお守りを開けて、中から一枚の紙を取り出した。  そこには文字が書いてある。  ―――― 聖司郎(せいしろう)  それがこの赤子の名前なのか。  何度も咀嚼するように、その名を口の中で繰り返す。   「よろしくね、聖司郎。私はお前の花婿となる、ヴィクトール・フォン・ジルヴァーンだ」  人を凌駕する人ならざるもの。ヴァンパイア。  その始祖であり、人々から白銀のヴァンパイア、大戦時には激昂のヴァンパイアと畏怖されたヴィクトールは、煌々と銀糸を織りなす月夜の晩に、永遠たる伴侶を見付けた。
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