第1章

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 経験上それを骨身に染みて知っているヴィクトールは、これ見よがしに笑って誤魔化した。   「まぁとりあえず、住む家がいるね。あまり人目につかないところに、よい物件がないか、探して来てくれないか?」 「かしこまりました」  ヴィクトールや珠希だけなら、わざわざ住む家などいらない。しかし人間の赤子がいるとなれば話は別だ。人間はヴァンパイアに比べるとあまりに脆い。  ちょっとした暑さや寒さ、衝撃に耐えきれずに命を落とすのだ。それが赤子となれば、ますますもって顕著だろう。そんな赤子を連れて放浪など出来ない。  ならば居城に連れて帰ればいいのだが、城には対人間用の結界が張ってある。とてもではないが、普通の人間の赤子が耐えられる代物ではなかった。  だから成長し、無事に婚姻の儀を執り行うまでは、居城に戻るわけにはいかないのだ。  それは珠希も承知していたのだろう。さほど時間も掛けず、そう遠くない場所にある丘の上に建つ廃屋を見付けてきた。   「う~ん、年季が入ってるね」 「明日掃除をし、町に下りて必要なものを揃えてまいります」  案内された廃屋は打ち捨てられて、相当の年月が経っているようだ。中に入ると埃が舞い上がり、細く差し込む銀糸の月光に照らされて、キラキラと煌めいている。蜘蛛の巣もひどくて、とてもではないが赤子を寝かせることのできる環境ではなかった。  幸いまだ気候も落ち着いている時期だ。一晩ぐらいは外で寝ても大丈夫だろうと、その日はそこで寝るのは諦めた。   「すまないね。聖司郎」  軽く地面を蹴り、月夜にぷかりと浮いて、腹の上に聖司郎を乗せて抱き締める。ふうわりふわりと揺らしてやると、程なくして小さな寝息が聞こえてきた。それにほぉっと安堵する。  しかし安心するのは早かった。ヴィクトールは知らなかったのだ。この月齢の子供は、夜中にもミルクを飲むということを……。  三時間ほどは眠っていただろうか。突然目を開けた聖司郎はぐずぐずと言い始め、その声に目覚めて揺すってやっても寝やしない。そのうちミルクが貰えないことに、本格的に泣き始めてしまった。   「珠希!どうすればいいんだ!?」 「そう仰られましても、このような時間にミルクなど手に入りません」  珠希に救いを求めてみても、呆気なくそんな突き放されたような返事を返されてしまい、途方に暮れるしかない。  
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