クラリネットと口紅

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 それから月日が流れて、あたしは一六になった。タクトが立ち上げた楽団の一員になっていたの。夜明けの楽団、っていうのよ。夜しかない音楽村に朝が来るような奇跡を起こせるように、って団員みんなで決めた名前なの。  その日は夜明けの楽団のお披露目公演だったわ。あたしは先生の家にいるタクトを迎えに行ったの。よく考えたらタクトの先生とは一度も顔を合わせたことがなかったから、好奇心もあったのよ。  タクトの先生の家は裏道を入ったところにある赤い屋根が目印だったわ。木でできていたドアにはノッカーがついてなかったから、控えめにノックしたの。でも人の気配がするのに誰も出てこないのよ。試しにノブをひねってみたら、鍵がかかっていて開かなかった。もっと大きな音でノックをするとか、タクトの名前を呼ぶとか、いろいろ方法はあったけれど、その裏道はなんだか音を出すことがためらわれるような雰囲気があったの。音を出すものすべてが支配されているような、あたし自身も音を出したら支配されてしまいそうな、奇妙な雰囲気。だからあたしはもう一度控えめにノックをして、待ってみたの。やっぱり反応はなくて、どうしようか考えて、家の窓を覗いてみることにしたわ。レースのカーテンがかかっていたけれど、二つの人影があるのがわかったの。あたし、そこで声を上げるなり、窓を叩くなり、気づいてもらうようなアクションをすればよかったのに、驚きすぎて立ちすくんじゃったのよ。  タクトの先生は赤毛の女性だった。あたし、それまでずっとタクトの先生は気難しそうなおじいさんなんだろうな、って勝手に思っていたから、それだけですごくびっくりしちゃって。こどもの頃からタクトの面倒を見ている先生なんだから、それなりの歳のはずなのに、彼女にはどこにも年齢を感じさせる要素がなくて、大人になってすぐに時間が止まってしまったんじゃないかって思ったわ。それこそ、魔女みたいに恐ろしくて美しい人だった。
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