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先生の歌声も色を増していって、やがて終わりのメロディーに入ったの。音の高低が激しく入れ替わって、階段状に音が上がって、クレッシェンドが最高潮に達したところで音を何度も弾ませて、最後の最後で音を引いていく、一番演奏するのが楽しくて大変なところだった。
タクトの手元は見えないものと切り結ぶ剣士のように乱舞して、急に静止したわ。そして人差し指だけを立てて胸の辺りに引き寄せて、最後の瞬間、何かを投げ捨ててしまうようになだらかな曲線を描いて腕を大きく前へ伸ばしたの。その最後の瞬間の動きを、あたしは今でも覚えてる。桜貝のような爪に蝋燭の光が反射して、白い指はどこまでも優美だった。
それでね。タクトの指先に見入っていたせいか、そのまま演奏の終わりと一緒に投げられちゃったのよ、あたし。わかるかしら? そのままの意味。あたしはタクトの指揮によって夜空に放り投げられて、ここにいるのよ。
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