クラリネットと口紅

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「おばさん、何か言ってた?」 「音が出せない子なのよ、って」  あたしはタクトのその言葉にちょっとむくれると、彼は慌てて付け足した。 「でも音が出せないだけで、君の中にはきちんと音楽が眠っているわ、って母さん言ってたよ」 「そうなの?」 「うん」  タクトのその返事にあたしは満足して、 「じゃあ、起こさなくちゃだめだよね」  腕を大げさに組んで考え込むと、タクトが急に言ったの。 「いち、に、さん」  人差し指でトライアングルを空中に描いて。それからあたしの胸に軽く手をのせて、言ったの。 「おまじない。音楽に光を当てて起こすんだ」 「光?」 「光を浴びると万物は目覚める、って先生が言ってた」  じゃあね、とタクトは手を振って、それから走って門を出ていったわ。そのときのタクトの表情が、一度も見たことがなかったけどお日さまみたいだって、あたし思ったの。そのお日さまが、あたしの中に眠っている音楽に光を当てたのかもしれない。  タクトからおまじないをしてもらった高揚感のなか、あたしはクラリネットを順番に組み立てて、吹いたの。すると微かにクラリネットが震えて、ベルから音が出たのよ。笑っちゃうような気が抜ける音だったけど、外で洗濯物を干してたおばさんが飛んできて叫んだわ。 「今の!」  あたしも負けないくらい大きな声で言ったのよ。 「今の!」
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